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History of the Show 〜番組の歴史〜

セサミストリートの長い歴史その始まりがどんなものだったか、何を成し遂げて来たのかを振り返ってみましょう。

「セサミストリートの最初の5年間、それは正に子ども番組の革命へと繋がりました。思慮の無い(と思われていた)アニメ動画が幼い子どもたちにとって有益な物と思われる事など、二度と無いでしょう。」
2006年7月 ジョーン・ガンツ・クーニー

1969:The new kid on the block(新顔)

1969年11月10日、セサミストリートの第一話のオープニングシーンからして、メッセージは明確でした。
この番組は、子ども番組の歴史上かつてあった如何なる番組とも違っています。
多民族からなる多世代に亘る、そして多様な生物種さえも包括した住人たちが、この市内の通りに相和して共存していたのです。生きる事のレッスンを学びながら、視聴者たちに良きお手本を提供しつつ、そうして子どもたちに誰もが社会に特別な能力を持って参加出来るのだと言う事を教えていたのです。
この番組の教育的な目標の数々も同様に当初から明確でした。
就学前の子どもたちに抽象的な表現や、認識の過程、そして子どもたちの置かれた物質的及び社会的環境を教えることでした。 セサミストリートの最初のシーズンは四人の人間のキャラクターを中心に回っていました。
ゴードンにスーザン、ボブとそれからフーパーさんです。ビッグバードとオスカーだけがそのシーズンを通して、定期的にストリートのシーンに登場していたマペットだったのです。そんな中でアーニーとバートとその他が別個のセグメント(番組の一節となる括り)にデビューしたのです。
番組制作のスタッフたちは当初、それらのマペットたちを人間のキャラクターたちによるシーンの補完的な物と考えていました。しかし、彼らが視聴者に与える魅惑的な影響力はマペットたちがすぐに番組の中心となる結果をもたらしました。

ジョーン・ガンツ・クーニー (マペットの友人たちと)

Early successes(早々と成功)

放送に先立つ数週間に亘る試写において、批評家たちが「新しい地平を開いた」とか、「テレビの成した大偉業」、さらに「大胆かつ建設的な冒険」等と称して番組の成功を予告しました。もっと重要なことに、番組が直ぐにでもその業績にと設定した教育的な目標を達成しようとしていた事です。
1970年1月の事、ニューヨーク・タイムズ紙は予備試験の結果として、セサミストリートを定期的に視聴した低所得者層世帯の子どもたちが視聴しなかった子どもたちに比べて二倍相当の教育効果を得たとする報告をしました。

Growth in the 1970s and 1980s (70年代〜80年代の成長)

70年代〜80年代にかけて、人間のキャラクターとマペットの両方ともに、より多くのキャラクターたちが追加されました。グローバーとクッキーモンスターがこの年代の初期のシーズンにデビューしました。人間のキャラクターではデイビッドとマリア、ルイス、それからリンダが1970年代を通じて番組に加わりました。 1980年代にはテリーとエルモがそのストリートの住人となりました。また、ゴードンとスーザンがマイルスを養子に迎え、ルイスとマリアが番組の中で結婚をしました。1989年にはビル・コスビーがホスト役を務めてセサミストリート20周年記念の特別番組Sesame Street: 20 and Still Counting (セサミストリート:20周年、まだまだ続くよ)が放送されました。

Facing life's difficulties (人生の困難に向き合う)

1982年の12月、俳優のウィル・リーが亡くなった時セサミストリートはフーパーさんを喪いました。彼は番組開始からずっと居て、ストリートの中心のキャラクターでした。脚本家たちとプロデューサーたちは死について真っ向から取り組む事にしたのです。それは、子どもたちがその困難なテーマに立ち向かい、対処する事を優しく手助けしようと望んでの事でした。その特別編の中で大人がビッグバードに何故もうフーパーさんには会えないかを説いて聞かせました。そしてみんなが彼と過ごした時間の良い思い出の数々に焦点を当てる事に賛同しました。セサミストリートに於ける一つの時代が幕を閉じたのです。でも子どもたちに情緒的な逆境から立ち直る事を教えるという使命は生かされましたし正しかったのです。

フーパーさん役の故ウィル・リー

The 1990s and 2000s (90年代〜2000年代)

1998年には“エルモズ・ワールド”のセグメントが定期コーナーとして始まりました。
それは、エルモの急上昇した人気とセサミストリートファミリーの中での存在感の増加に起因した事でした。
2000年代にはセサミストリートは今日的な意義のある論点を子どもに適した方法で表明し続けました。
それはハリケーンについてや、2001年9月11日のテロ攻撃にまつわるエピソード等でした。

The Street goes global (その通りは世界中に繋がっている)

セサミストリートとその国際的な共同制作版はこれまで140以上の国と地域で放送されています。それはこの番組が世界中で最も幅広く視聴された子ども番組のシリーズである事を意味します。また共同制作版の番組はそれぞれの国の文化を反映したものとなっており、子どもたちにその国が向き合っている問題点を統御する事を教えています。例えば、南アフリカでは400万人以上の子どもたちがタカラニ・セサミを視ておりHIV陽性のマペットの出演を通してエイズ禍について学びました。パレスチナとイスラエルとの共同制作番組では中東動乱のさなか子どもたちに双方の違いを受け入れる事を教えました。セサミストリートの指導によって世界中の子どもたちがデリケートで困難な諸問題を統御する事を教育の基本に置くべきものとして学んで来たのです。社会的に意識を持つ教養ある市民となる手助けをしながら。

Sesame Street goes global.

Sesame Street today: an expanding enterprise (今日のセサミストリート:広がる活動)

今日、週当りおよそ800万人の視聴者がセサミストリートを視ています。一方7,700万人以上がセサミストリートの“卒業生”と言う事になります。1,000人以上を研究対象とした調査によれば、セサミストリートを視ている就学前児童は非視聴者よりも識字能力と計算能力が発現しやすい傾向があるとのことです。2008年度を以て、この番組は歴史上他の如何なる番組よりも多くのエミー賞を獲得しました。
テレビ番組を視聴者にお届けする事に加えて、セサミストリートは子どもたちにその他のメディアの数々を通じて届けられています。2006年には1,800万冊以上の書籍や雑誌が世界中で販売されました。番組はオンラインに1998年に進出しました。
セサミワークショップはまた、子どもたちが学校に入って、同じく巨視的に言えば世界の中で、うまくやっていける為に、必要な力を身につけさせるという目論みを手始めに、番組の中核となる教育目標を広範で多岐に亘って拡大して来ました。今では音楽、健康、読み書き、二カ国語の修得、就学の準備、食育等、もっと多くの事柄に焦点を当てて行かなくてはなりません。

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